不真面目で一生懸命にイイカンジ

カメラと溶接と日々の思ったこと

人生はタイミングじゃない、日頃の積み重ねという準備だと感じた瞬間

 

 

先日職場で正社員争奪大会がありパート社員はこぞって正社員になるべく、その少ない募集枠に応募して面接して日ごろの働きぶりと共に評価された結果でその一握りの枠を獲得することが出来る。

 

自分もその面接に日ごろの仕事ぶりとしての目線と、こういう時にしかわからないその当人が何を考えながら仕事にあたっているか?という点で面接に参加し、この面接次第で社歴を覆す下剋上のようなことが起きる。

 

のが、

 

通常であり決定権は基本的に自分と面接立会者の上司と共に面接の内容と日頃の働きぶりで決まるはずが、この職場の最高責任者がなぜかいちいちこんなことにまで絡んできて実際の決定権はすべてこの責任者がその時の気分とその相手に対する印象と都合イイ時だけ出てくる会社のルールで(本人は人事の決定で会社のルールをことごとく覆す人事を繰り返してきた)判断し、その独断と偏見で決めてきた人事はすべて裏目に出て入社間もないパート社員をいきなり管理職にしたり面接や日頃の働きぶりでも特に箸にも棒にもかからないような人物を社歴が長いというだけで昇進させた結果、ほとんどが降格、退職、もしくは全然イケてなくてもう降格させたいとか自分で言い出す始末。

それらすべてストレートにその影響を受けているのはその人事が行われた担当部署管理職。

 

そして今回もそのセンスの無い謎の人事が発動した。

今回はその責任者が勤務中に見たことがある(印象に残っている)という基準で人事を決めたとみて間違いない。

ある一名は、一番忙しい時期に一番忙しい部署でちょっとしたオーバーアクションで懸命に働いていたのがその責任者に強く印象に残っていて、どうにかしてその人物を上げたいようだった。

自分が管轄する部署では面接の結果をそのまま伝えると社歴など関係なく「はい、OK」となったが、その中に他部署からその応募者がいて、その応募者が今回その責任者の良い印象に残っていて、なぜ彼じゃないんだ?と始まった。

こちらとしては人手が足りなかったので人員が他部署からでも増える事は謎人事の不幸中の幸いでよかったし、その人物も全く知らないというわけではなく働きぶりもまぁまぁ外野から見た感じではわかっていたのでよかった。

 

問題はよその部署。

とある部署では今一番伸びている従業員で仕事に対する姿勢も改まり、本命の一名でこの人物を上げるために今回の募集があったといっても過言ではなく、面接もよく日頃の働きぶりも最近では目を見張るものがありおまけにバイリンガルという非の打ちどころがないのだが、

問題は以前その従業員は見た目がだらしないと言ってその責任者に直接注意されているということ。どのような態度だったのかは詳しくは知らないが、「だらしないって言われてもパートだから身なりに使う金がない」と答えたようで、おそらく自分が思うに、この一件があってからその責任者の中でのこのパート社員の印象は自分に盾ついたとして強く悪い印象が残っており、どうにかしてこの従業員を上げたくなかったんじゃないか?

 

今日の帰りの車中にそう思えてならない。

 

この責任者はテメーも人の事を言えない見た目なのにもかかわらず人をルックスで判断するところが多々あり、また違う部署では以前勤務していたが違う仕事をするために退職し、再び出戻りで季節雇用員として元の部署で働き、その部署も人手が足りなかったからそのまま復帰という形で採用を目指していたのだが、いかんせんその人物は若いのにハゲ散らかっており、おそらく以前勤務していた時になにかその責任者が見て気に食わない点でもあったのか、新規採用者の候補としてさえも断られてその道は閉ざされた。(新規に採用したいというリストにすら上がらないというのは普通こんなことはありえない。)その部署の仕事がわかっていて教える手間も省けて仕事がそこそこ出来るにも関わらず、だ。

 

そんな人事を繰り広げて後に何も残らないような結果ばかり残す奴が責任者をやっていること自体が問題なのだが、現実は残酷でその元で働かなければならないし、嫌なら辞めるしかないし、いつまでこの地域にいるのかわからないこんな奴が責任者としてここにいるこのタイミングで働いていて、このチャンスをものにしなければならないのは事実だ。こいつがいる限り上に上がれない人もいるであろう。

 

こんなことがまかり通っていいはずがないが、どうにもならない現状であがいても知れている。ならば、出来る事をすべてやりつくすのみ。

どうやったら上がれるか?→この責任者に気に入られるようにする。たとえ一日に数回もしくは一回しか会わなくても一瞬しかすれ違わなくとも元気よく笑顔であいさつする、これだけでも強烈な印象とまではいかなくとも良い印象としてイメージを植え付けられる。

そして日ごろからの働きぶり。これもかかせない。これが無ければまず引っかからない。

 

こんなことが起きる会社でも自分は会社は人生の縮図だと考えている。これが人生だとまでは言わないが、こんな理不尽なことが起こってしまう。出来ればそのスタッフもこちらの部署で拾い上げてあげたいがそうもいかない。人生が変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。さらに言えば、この責任者ではなく違う責任者であれば結果は当然変わっていた。これは言い切れる。こんな酷な状況だからこそ思えるのが

 

「準備していた者だけがチャンスをつかめる」

 

”人生はタイミングがすべて”みたいな軽く感じる言葉を一度は聞いたことがあると思うが、当然そのタイミングが来なければなんにもならないが、少なくともそのタイミングが来た時に全力で行けるように日頃からの準備が無ければそのチャンスを逃してしまう。

前回の、自分がパスポートの期限が切れていただけでアイスランドに行けなかった時のように。

 

ではその準備はどのようにしておけばよいのか?

こればっかりは正解が無いからこれだ!と言えるものはないが、少なくとも会社においてその他大勢に埋もれずに自分を主張すること。声の大きさだったり、身だしなみ、行動、作業、姿勢、仕事ぶり、早さ、正確さ、丁寧さ、誰から見ても、”あいつは違う”という明らかな違いを見せつけれない限り突出した人物として抜擢はされないだろう。

不思議なもんで、なにか突き出ている人物は直属の部署でなくとも一瞬見ただけでわかる。

これを心掛けているだけで少なくとも社内においてなにかチャンスが来た時に取りこぼしの可能性はグッと低くなる。

仕事以外の趣味や仕事にしたい事になると、趣味でやっているカメラや溶接で言えば例えばコンテストに出す、物を作って展示会に出す、販売会に出る、店頭に立つ、一年に一回の大きなSHOWに出す、大会で日本一、世界一を目指す、

 

そのたった一日、たった数時間、たった数分、たった数秒のために、その数日頑張ってきたこと、数週間頑張ってきたこと、一年間努力してきたこと、何年も積み重ねが必要なことがその一瞬で発揮される。

EMINEMのlose yourselfの歌詞にもあるように

我を忘れるくらいすべてをささげてチャンスをつかめ

次はない

チャンスは一度だけ、チャンスを見逃すな

 

こんな気持ちで事にあたらなければ、何も成し得られず、よくある何かの一部、何百人の一人になってしまう。

 

とかなんとかわかったような事をほざいている自分もその中に埋もれてしまうような日々を過ごしがちであるが。

 

自分は今の職場は上述したように人生の縮図(自分の言動が相手に反射して自分に返ってくる)だとも考えるし、実際にこの会社独特の月に一回程度あるお偉いさんが来るときに出来る事(製造、品質、清掃、整理、これまでの数字)すべてやりつくし、指摘されるかもしれない1%を潰すために寝ずに20時間以上も働かなければならないときがある。これも今までの経験があるからこそある程度ポイントを掴むことが出来てどこをどうすればよいかがわかっており、なおかつそのたった数分のために1週間以上かけて着実にそのポイントを潰していくというのは傍から見れば無駄にしか見えない仕事。だがこれも目線を変えれば、今後自分に来るチャンスをつかむために、それを取りこぼさないように出来る事はやりつくして後悔が残るかもしれない1%を潰し、その一瞬のために数時間、何十時間、何日もかけて準備しなければならない、それを身につかせる為の訓練だと思ってそんな無意味に思えるような会社独自の悪習というかしきたりにも心がけを変えて事にあたっている。

 

特に言えることは、今までやってこなかったことをその時になって急に出来るわけは無い。今までやってきたことが出るし、やってきてなかったことも出る。

 

お偉いさんが来るために通常運転とは違う特別なことを準備する(見てくれがいいようにする)こと自体、本来の目的からは外れてしまっているとは当然感じているが、自分はそれも考慮の上でその時出来る事のすべてがその一瞬に詰まっているとも考える。

 

こう思ってこの仕事にあたれている人間がどれほどいるか。自分を律するために自分を鍛えるために、今後の自分の人生のためにと思ってこのくだらない繰り返しのしきたりに対応しているか。こうでも思わないとやってられないと思って心が折れてたまに手を抜いてしまうこともあるが(けっこうあるかもww)自分がしていることには何か意味があると思い、そんな手を抜いてしまう甘い自分を戒めるために自分の親指の付け根に”いつも自分のしていることは自分が見ているぞ”という意味を込めてホルスの目のTATOOを彫りたいくらいなんだけど、それぐらい自分に厳しくストイックにいきたいという気持ちではある。

 

厳しくストイックに行きたい自分とつい甘くなってしまう自分がいてホントまだまだ未熟なんだけども、他人のふり見て我がふり直せとはよく言ったもので、本当に他人を見て観察して、自分の糧にすることが習性になっているからこそ今回のようなことを忘れないように記録しておこうと思った。

 

今回不採用になった数十名には、これであきらめず、一体今はどのような状況(クソが上にいる)でどのような身の振り方をすればよいかよく考えたうえで”こんな日もあるさ、こんなこともあるさ”と少しでも早く次に向かって気持ちを落とさずに次いつ来るかわからないチャンスに向けて出来る事はすべてやりつくす日々を過ごして準備を怠らなければそれはものに出来ると信じいるし、そうなってほしいと願う。

 

ただ、今回上がれた人は準備できていた人もいたし、準備できていなかった、ただのラッキーもいた。

落ちてしまった人たちに言えることは、そのラッキーすら覆すほどの武器が無かったという準備不足。(仕事ぶりだけでは決定権を奪い返せない。やはりそんなことが起きるこの状況では社歴以外ではその責任者に植え付けてある印象が一番の決定打だと今回でわかった)

 

日々の過ごし方も準備、心の持ち方も準備、仕事に対する姿勢も準備、何を考えているかも準備、そのチャンスが来た時に全力でフォーカスを当てて取りこぼさないように興味を持って視線を向けておくのも準備、

準備をやりきることが出来れば、ゴリゴリアピールしまくってチャンスすら呼び込むことが出来るかもしれない。

 

やれることをやりきる。

PENNYWISEのDate with destinyの歌詞にもある

Did you live like a dream come true or did you just survive?
Did you do all you could do?

夢がかなうかのように生きたかそれともただ生き残るだけなのか

やれることはすべてやったのか

 

 

準備あるのみ。

 

 

アメリカ旅行中、車の助手席でカメラを手にしたまま準備していたから取れた1コマ

 

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PENTAX K-30 DA18-135mm